社労士試験体験談 ・・・私の体験談で申し訳ないですが、長くないので興味があれば読んでください。

社会保険労務士受験のきっかけ

 仕事で、労災の処理等で色々お世話になった顧問社労士の先生が、あるとき『君も社会保険労務士になってみないか』と 声を掛けてくれました。きっかけは、そのような軽い感じです。8月の暑い時期でしたが、さっそく社労士試験の勉強がスタートしました。


予備校に入学

 会社で働きながら勉強するには、やはり効率が求められます。私が一番効率的であると思ったのは、やはり予備校に通うことでした。 そこで、“資格の大原名古屋校”に通学することにしました。説明会に参加したとき、説得力があって良かったと感じたのが理由です。 そして何より、『大原は一発合格主義』のうたい文句に惹かれました。


成績はイマイチ

 予備校の成績はイマイチでした。実務とのギャップもすごいですが、知らないことの量の多さに驚きました。 第一種衛生管理者の資格は取得していましたので労災保険法と安全衛生法は何となく概要は知っていましたが、 ほとんど実務では発生しない国民年金や厚生年金に関しては、ほぼ一からのスタートです。 毎回確認テストをするのですが、ボロボロでしたね。そんなこんなで、あっという間に半年が過ぎてしまいました。


山ごもり

 3月の誕生日、妻と過ごしたいところですが、予備校の成績は伸び悩んでいます。そこで、一人で山に行き、缶詰勉強を行うことにしました。 2泊3日で、間の日は14時間勉強しました。実は風邪がひどく、熱が38度ある状態でしたが、気力で乗り切りました。 なんだか大学の入試勉強を思い出します。


書斎机とチェア投入

 山ごもりが終わり、部屋に書斎机が届きました。実は、これまでは小学校の時に親から買ってもらった学習机と椅子で勉強していましたが、 さすがに大人の体格に合わず、あまりの長時間の勉強で腰痛を訴えていました。そして、妻が誕生日のプレゼントに新しい机と椅子を買ってくれたものです。 机の幅は140cmのゆったりした書斎机で、脇机も2つ付いてます。椅子もヘッドレストやアームレストが付いた高級品です。 家族の助けというのは、本当に嬉しいものですね。


母の入院

 4月になり、姉から「母が入院した」と聞きました。しばらく母には会っていませんでしたが、どうやら心臓の機能が悪くなっていたようで、 1ヶ月近く入院しました。その間、ほぼ毎日病院に通っていましたので、社労士の勉強は中断していました。 正直、これを理由に諦めようかと思った瞬間もありました。予備校にも行けずに、復習のDVDを借りては家で勉強する毎日です。


模擬試験はボーダー

 母も無事退院して、6月になると模擬試験が始まります。一回目の模擬試験は何とかボーダーでした。 ボーダーという点数は一般的には良い響きですが、社労士試験は“足きり地獄”ですので、 とても危険な点数なのです。ただし、諦めるには早い点数です。
 そこで7月になるともう一回山にこもって猛勉強しました。 今回は体調は良かったですが、二回目の模擬試験もボーダーでした。 社労士の勉強は誰もがここからが伸び悩むと言われており、精神的にもしんどいところです。


ラストスパート

 夏休みの全てを勉強に使い、試験前一週間も有休取得して勉強に使いました。ですので、8月は勉強していた思い出しかありません。 この頃の勉強というのは、全てが問題演習です。予備校で配布された10冊以上ある分厚い問題集を何回も繰り返して、 引っ掛け問題に引っ掛からないテクニックを身につけます。ここで負けたら人生の負けだと自分にカツを入れ、 起きている時間は何かしらの勉強をしていました。


本試験

 さて、いよいよ本試験の日がやってきました。本試験会場は、名城大学です。当日、すごい行列でお祭りのようでした。プレッシャーに押されたら負けです。 試験自体は、ラストスパートの成果もあり、意外とスラスラと解けました。 ことに一般常識が非常にマニアックでしたが、労務管理をしている職業柄、他の受験者と点数を引き離す良い科目となりました。


一発合格達成

 自己採点では足切りもなく、点数も例年の合格基準点以上取れていたので安心していました。 というものの、やはり試験日から合格発表まで2ヶ月以上の間、緊張させられる毎日が続きました。
 そして合格発表日が来ました。結果は合格でした。その日は美味しいお酒を頂きました。 社会保険労務士の登録に行った日、秋にも関わらず雪がパラパラっと降りました。